神奈川県茅ヶ崎市から神奈川県藤沢市へのお引越し

石山 様
この度は
弊社ムーバーズをご利用頂き
ありがとうございました。
作業を担当させていただきました、朝岡です。
ムーバーズは、ただいま
新型コロナウィルス対策として
朝一出勤した作業員は皆体温測定を行い、
体調確認をしたあと
消毒をしてから作業に取りかかります。
また世間ではマスクの着用は任意となりましたが
弊社の作業員は引き続きマスク着用で作業させていただきます。
お客様との距離を保てるときは
外させていただくこともあると思いますが
ご了承ください。
今回は
神奈川県茅ヶ崎市から神奈川県藤沢市へのお引越しを
お手伝いさせていただきました。
神奈川県茅ケ崎市は
相模川下流域の沖積平野に位置し、
高座郡の内、旧茅ヶ崎村、鶴嶺村、松林村が合併し
現茅ヶ崎市の原型である茅ヶ崎町が出来ました。
昭和30年の小出村の合併を加えほぼ現況に至ります。
人口は令和元年度現在で241,946人で施行時特例市の一つです。
気候は温暖で太平洋に面しているため、
関東地方に於いて夏は高温になりにくく、冬は暖かい方です。
そのため東京、横浜のベッドタウンとしても人気があり
市制施行以来人口は一貫して増え続けて来たが、
少子化の影響で令和2年をピークに減少に転ずると予測されています。
繁華街は茅ケ崎駅南北周辺が主で、
昼夜問わず人の往来は多く活気があります。
またマリンスポーツの盛んな地域の為、
海沿いにかけてサーフショップが多いです。
いわゆる湘南らしさを求める住民が多いことから、
輸入物などの個人経営の雑貨屋も南側に多く見られます。
夏季には市役所や銀行、ショッピングモールの職員を始めとし、
アロハシャツを着用した人が多いことも特徴でもあります。
観光都市の側面も持っており湘南海岸の一翼を担い、
夏には海水浴場としてサザンビーチちがさきがオープンし
多くの海水浴客が訪れます。
サーフィンやマリンスポーツをする人も一年を通して多く存在しています。
また市内の海岸線にはサイクリングロードが設けられ、
多くの市民が烏帽子岩、江ノ島や富士山、
伊豆半島、伊豆大島を眺めながらサイクリングやジョギング、
散歩楽しむことが出来ます。
住宅地の人口増加に伴い第一次産業従事者の数は減り続けています。
また隣接する藤沢市や平塚市に比べ工場の数も少ないため、
市内に於いて生産業に従事する者は多くないです。
海の日に関東三大奇祭である浜降祭が行われ茅ヶ崎の夏の訪れとなります。
お引越し先の神奈川県藤沢市は
住宅・観光・産業・文教都市です。
全国的に有名な江の島、片瀬・鵠沼・辻堂海岸を有し
観光都市としての性格も併せ持つ「湘南」の中心都市です。
藤沢市内の駅では、JR、私鉄(小田急・相鉄・江ノ電)、
地下鉄(横浜市営地下鉄)、モノレール(湘南モノレール)の駅が存在し、
比較的交通の利便性が高い事から、東京・横浜の通勤・通学圏として発展し、
湘南海岸の温暖且つ穏やかな気候を求める人々や
サーフィンなどマリンスポーツなどを行う人や
良好な自然・住・教育環境を求める人等により人口が増加し続けています。
江戸時代には鎌倉仏教の一つである
時宗総本山である清浄光寺の門前町として、
東海道の6番目の宿場町・藤沢宿、
また江ノ島詣の足場として栄えています。
明治時代から第二次世界大戦の間、気候も温暖であることから、
南部の鵠沼・片瀬地区は明治時代中期より日本初の計画別荘地として開発され、
大正期以降、皇族や政治家、
数多くの学者や文化人などが居を構えた事で、
別荘地・保養地・避暑地として発達し、
芥川龍之介など多くの文化人の創作活動の場となりました。
第二次世界大戦後は東京のベッドタウン化が進み
人口が急増すると共に、JR(東海道本線、湘南新宿ライン、上野東京ライン)、
小田急(江ノ島線)、江ノ電の3つの鉄道が集まる藤沢駅を中心に
商業施設が集まっています。
また、慶應義塾大学、湘南工科大学、多摩大学、
日本大学を有する文教都市でもあります。
市の南部に位置する鵠沼海岸は、古くより海水浴場が開かれ、
現在は片瀬西浜・鵠沼海水浴場として年間来客数300万人を超す
日本一の海水浴場として知られ、
日本におけるビーチバレー発祥の地ともいわれています。
片瀬東浜海水浴場は、明治初期から
外国人による海水浴が行われた伝統を持っています。
現在でも夏季や初詣時期以外においても年間を通じ
約1,200万人もの観光客を集める湘南随一の観光地として有名です。
お客様も明るく接してくださったので
気分良く作業をすることができました。
作業終了後、一緒にお写真を撮っていただき
ありがとうございました。
またご機会ありましたら、
スタッフ一同お待ちしております。